知ってても気乗りしなければやらない。楽しければ止められてもやる。以上。

知っててもやらないことなんていくらでもあります。

例えば…

①酒を飲みすぎたら健康に悪いなんて知っているけど、セーブするのは気乗りしないのでやらない。

②外で頻繁に好きなだけ酒を飲んでいたら節約できないなんて知っているけど、セーブするのは気乗りしないのでやらない。

逆に言えば、

①’酒を飲みすぎたら健康に悪いなんて知っているけど、楽しいから飲みすぎる。

②’もらった給料を全部使っていたら貯金できないなんて知っているけど、金を使うのは楽しいからセーブせずに全部使う。

上記例はある意味キリギリス的、刹那的であり、ここではこの良し悪しを言うものではない。

良し悪しを言うものではないが、私はある時点から楽しさを優先する生き方に切り替えた。

もちろん、セーブしないとは言いつつも、借金してまで金を使うわけではない。

借金してまで金を使うのは楽しくない。

逆に恐怖w

実際借金は0。

家は賃貸だし、車はない(原付のみ)のでローン0。

「借金がないのはわかった。でも給料を全部使っていたら資産が一向に増えないのでは?」

もっともな疑問である。

答え:株はギャンブルというのが私にとっての大前提ではあるものの、資産は(極力追加入金せずに)個別株式への投資で増やす。

そういう気概でやっている。

そういう気概でやるのが漢。

そういうちょっと危うげなバカな感じをもちつつも物凄く真剣にやる。

それが楽しいのでやっている。

これを楽しいと思えず、恐怖感100%しかなかったら絶対やれない。

結局楽しいからやれている。

節約して給料から少しずつ銀行に入れて銀行に100%金を預けている人から見たら狂人。

個人投資家の9割は株で負けるなんて言われている。

そんな中で給料は全部好きなことに使って、株で資産を増やすなんて妄想甚だしく危険極まりない。

しかし、そもそも9割が負けるという根拠がよくわからない。

そして、仮に9割負けるのが実態だとしても残り1割になればいい。

狂人は何の根拠もなく自信たっぷりにここぞとばかりに幼児的万能感を発揮してこう考えるw

だから狂人なのだw

「狂人だと思われるのは嫌ではないのか?」

答え:嫌どころかむしろ嬉しい

吉田松陰先生は「諸君、狂いたまへ」と言った。

自分的にはまだまだ狂い具合が全然足りない。

極めて常識的な人間だとすら思っている。

しかし、

「しばらく連絡取れなかったから死んだかと思ったよw」

「家賃安すぎない?間違いなく事故物件だろw」

「え?車ないの?原チャリ?雨の日どうすんのw」

「床に寝袋って寒くないのw」

「はいはいはいはいってwお前全然人の話聞いてねーだろw」

「株主優待券使う人初めて見たw」

「今の「わかります」も全然感情こもってないw」

「(お客様にお菓子いただいて嬉しかったって話をしていた矢先に)もうそのお菓子を失くしたってその言葉は偽りかwその辺に落ちてたら大変だから全力で探してこいw」

「カーテンはさすがにつけようよw」

「草木大先生がどう考えるのか意見を聞いてみたいw」

「なんでいつもシャツ出てるのw」

「ズボンがお漏らししたみたいにビチョビチョなのはなぜw」

最近受けた言葉をこうして書き連ねると、少なくとも少しはおかしい人だと思われている気がしますw

天然ボケというか、ADHDというか、アスペルガーというか、もともとそういう気質が…。

しかし、これら発言を基本的には悲観的には捉えていなくて(あ、時々は一時的に傷つくもあるが)、むしろ楽しんでやり取りしています。

楽しんでやり取りできる人間関係でよかった。

ちょっと話がぐちゃぐちゃになってしまった。

言いたかったことに話を戻す。

ともかく言いたかったのは、知ってるけどやらないなんてことはいくらでもあるということ。

そして、楽しければ(仮に他者から止められても)勝手にやるということ。

以前も書いた気がするけど、以下孔子の言葉。

知之者不如好之者、好之者不如楽之者

あることを知っている人は好む人には及ばず、好む人は楽しむ人には及ばない。

つまり、楽しむ人が最強。

楽しいことは人それぞれ。

良し悪しではない。

だから最初の例で言えば、酒飲むよりも健康追求の方が楽しい人はとことん楽しいと思う健康追求にまい進すればいい。

また、金を使うよりも節約すること自体が楽しければとことん節約を追求すればいい。

自分が楽しいと思うことをやればいい。

楽しいことがわからない人は自分の心に聴いてみたらいい。

あまりこれまで聴いてこなかった人はセンサーが鈍っているかもしれないが、繰り返していればだんだん輝きを取り戻すと思う。

心の思うがままにいけばいい。

思うがままと言っても、社会の中で生きているという制約はあるわけだけど。

しかし、その制約を過度に捉えると苦しくなるわけで。

特に真面目な人は。

その辺のバランスはありつつも、ともかく、自己の責任において自由意志を発揮して楽しく生きましょうといういつもの結論。

以上

グーグル提供の関連コンテンツ