『マネーの公理』(マックス・ギュンター)を読んだ感想2:強欲への対処を自分に照らし合わせて暗号通貨NEMで実行

前回の記事(感想1)はこちらです。

はい。

前回の感想1を投稿してから1か月以上経ってしまいました。

今日は、この本の中でも特に私が意識しなければならない第2の公理「強欲について」の部分について書いていきたいと思います。

ちょうど保有している暗号通貨NEMでまさに強欲と理性の間で葛藤していたこともありこの部分を昨夜読み返したので、これにどう対処するかという観点で書きたいと思います。

本は現実の自分の問題に対処してこそより生きると思いますので、ただの本の紹介でとどめず、自分の事例と向き合っていくなかで内容と向き合っていきたい。

現在の葛藤

暗号通貨のNEMのPFに占める比率が既に7.6%まで上昇しています。

暗号通貨の比率は3.3%を目安としているので倍以上の比率になってしまっています。

これをどう考えるか。

明らかにNEMの未来は明るいと思っているのですが、妥当な価格はわからない。

1,000円とか10,000円になってくれないかな(現在は約200円)と妄想してしまうのですが、妥当な価格はわかりません。

この1,000円とか10,000円になってくれないかなという妄想・思いは、今後の材料見通しの結果でもあり、強欲の結果でもあります。

この見通せる材料と強欲による妄想の結果、例外で比率3.3%以上をこのままずるずると許容してしまいそうです。

繰返しになりますが、そんな強欲と理性の間の葛藤もあり、昨夜マックス・ギュンター著『マネーの公理』の第二の公理「強欲について」の部分を改めて読み返しました。

常に早すぎるほど早く利食え

これが強欲を克服するための心構えです。

私はこの教えを実践してビットコインはもう全部利確してしまいました。

今のビットコインをはじめとする暗号通貨の相場がバブルなのかどうかはわかりません。

しかし、私のビットコインの利確タイミングは、間違いなく早すぎるほど早く利食いしたとは言えると思います。

このように過去にビットコインで一度この教えを実践しています。

第2の公理「強欲について」を自分に照らし合わせて考え実践

繰返しになりますが、第2の公理では強欲を克服するための心構えとして

常に早すぎるほど早く利食え

と書いています。

そして、この早めに利食う心構えで自己管理ができれば、

富を求めて争っている99%のライバルたちより優れた投機家になれるだろう

と、書いています。

しかし、逆に考えるとこのことは99%の人間は強欲に支配されていることを意味していると解釈できます。

それほどに強欲に打ち勝つことは容易なことではありません。

俗世間のあらゆる強欲から解脱して悟りを開いた人物というとブッダを思い浮かべますが、悟りを開くなんて常人には不可能な超スーパー難易度の高いことであります。

そういう人間の煩悩・本能に逆らう超スーパー難易度の高いことが強欲を制することだと言えます。

ところで、この本において著者のマックス・ギュンター先生は強欲をどのように定義しているのか。

第二の公理における強欲とは、過剰な欲望、常にもっと多く欲しがることを意味している。自分が当初望み、期待することが許された以上に望むことを意味している。それは、自分の欲望のコントロールを失うことを意味している。

ポイントは、自分が当初決めた目標水準を変更してしまうことにあるようです。

これにより欲望の制御ができなくなってしまうのが問題だと言えそうです。

私は、株の取引においては、最初に目標株価を決めることにしています。

ちなみに、この記事から始まる一連の記事では私の目標株価についての考え方や決め方を書きました。

はい。

この目標株価を最初に決めることには、色々意味がありますが、これは強欲を制することにもつながりそうです。

目標株価よりもぐんぐん上がっていっても、目標株価を変更せずにその水準で利益確定することが、強欲を制することになりそうです。

値動きを見て目標株価を超えたところで目標株価をさらに上に変更してしまうことが、上の定義からは強欲と言えそうです。

ちなみに、私も経験がありますw

やっかいなのは、それでうまくいって儲かることがあることです。

 立ち去ったことを後悔することもあるだろう。勝ち目の趨勢は、あなたがいなくても続き、あなたは、手に入れ損なったお金を不機嫌に数えたまま取り残される。あとから考えると、やめるという決断は間違っていたように思える。(中略)この経験は、あなたを泣きたくさせるかもしれない。

 しかし、元気を出すのだ。一回や二回、早めにやめるという決断が間違いだったとしても、十二回、二十四回と場数が増えるにしたがって、その決断は正しいものとなる。長い目で見れば、自分の強欲をコントロールすることは、より大きな儲けにつながるのである。

自身の経験からも、これはもう全くその通りだと思います。

1,2回偶然に大きく勝っても、そんな強欲を全開にしたままの勝ち方をしていると、いずれその強欲が仇となって大きく負ける。

そういうことだと思います。

だから早めの利食いで、例え大きな勝ちを逃したとしても、それは強欲を制した結果であり、そのことの方が長期的にはよほど実力につながると思います。

頭ではこのことはよくわかっています。

しかし、いざ保有している暗号通貨NEMの物凄い上昇の勢いを見ていると強欲の心が増大していきます。

こんなバブル的な爆騰の勢いの流れに乗れるチャンスは自分の人生の中でもう二度とないのではないか。

であれば、ぎりぎりまでこの流れには乗っていかなければもったいないのではないか。

そんな風に考えてしまいます。

さらにやっかいなのは、NEMの目標価格を決められないことです。

いや、期待と値ごろ感で1,000円とか10,000円になるのではないかという思いはあります。

しかしこれには何の根拠もありません。

根拠のある目標価格を決められないということは、上述の引用箇所の通りもっと多くを欲しがることにつながります。

このことは自分の欲望のコントロールを失うことを意味します。

それでいいのか。

そんな土俵で戦って儲けることが今後の自分のためになるのか。

今書いていてそんな気がしてきました。

書いて良かった。

ところで、目標価格は決められないけど、暗号通貨のPFに占める比率はこの記事で3.3%と決めました

であれば、強欲コントロール力を鍛える手段として、この3.3%をきちんと守っていけばよいのではないかと今考えました。

というわけで、この後NEMをPFに占める比率が3.3%以下になる水準まで売ることに今決めました。

これは「常に早すぎるほど早く利食え」を実践することにもつながります。

今後投資をしていくうえでこの決断は、強欲を自分なりにコントロールできるという自信にもつながると思います。

ちなみに、例外として

新しい状況が生まれ、もうしばらくは勝ち続けることが、ほぼ確実だと思えるとき

には、目標水準に達しても利食わなくてよいとしています。

NEMはこのあとカタパルトなどの材料を多く控えていて、この状況に当てはまるようにも思えますが、まぁそれは残りの3.3%以内の比率分で恩恵を受けることにします。

ちなみに、この第二の公理「強欲について」には副公理があります。

副公理Ⅲ

あらかじめどれだけの利益がほしいのかを決めておけ。そして、それを手に入れたら投機から手を引くのだ。

この後NEMを3.3%以内に収まる程度に売る予定ですが、自分としては欲しいだけの利益を得られ満足だと考えることにします。

ほとんどの投機では、終わりは自分で決めなければならない。

終わったことを自分に納得させるための優れた方法は、何かしらの褒美を設けることだ。

明日、久しぶりに自分の好きなブランドのお店に行って服を買ってきます!(実際利益を出金するわけではないので手元の金から資金を捻出するわけだけど)

以上!

感想3につづく

マネーの公理 スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール

posted with カエレバ

マックス・ギュンター 日経BP社 2005-12-22

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この記事を書くまでは、NEMを売ろうとは全く考えていなかった。書くことの力は絶大。

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