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『私の財産告白』(本多静六)の読書感想文④:読んだだけで終わりにせず実践を!

 この記事は、前回のこの記事のつづきです。

 

 はい。

 前回の投稿からだいぶ日が経ってしまいました。

 

 では今回も本多静六先生の『私の財産告白』から心に響いた部分を引用しつつ感想を書いていきます。

 

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感想

投資の秘伝

金儲けは理屈でなくて、実際である。計画でなくて、努力である。予算でなくて、結果である。その秘伝はとなると、やっぱり根本的な心構えの問題となる。

 この箇所物凄く好きです。

 私は「行動しなさい」ということだと受け止めました。

 ただし、心構えに問題があれば行動をしても結果が出ないどころか、悪い結果が出てしまうということだと思いました。

 私の心の問題は欲深さです。

 常に自身の欲深さと対峙しながら、しかし、果敢に行動しようと思います。

 そして行動の結果から学んでまた行動する。

 この繰り返ししかないと思います。

 そうやって自分の器を広げ、心も鍛えていきたいと思います。

投資の第一条件は安全確実

 投資の第一条件は安全確実である。しかしながら、絶対安全をのみ期していては、いかなる投資にも、手も足も出ない。だから、絶対安全から比較的安全、というところまで歩み寄らねばならぬ。そうして、その歩み寄りの距離だけを、細心の注意と、機敏な実行で埋め合わさなければならぬ。

 投資は安全確実が大原則・大前提であると本多先生はまずおっしゃっています。

 

 私のように時に暴走する人間はここを忘れてはなりません。

 で、その大前提を意識しつつも、絶対安全から比較的安全に歩み寄らなければリターンは得られないと。

 

 その歩み寄りのために欠かせないのが勉強だと思います。

 

 勉強することで注意するポイントを学ぶことができるし、どのような行動がリスクを低減させるかも学ぶことができます。

 それでも失敗したり成功したりの繰り返しになるのでしょうが、その経験の積み重ねがまた絶対安全と比較的安全の間を埋め合わせるのに生きるのだと思います。

 だから勉強して実践して経験を積んで、その中からまた疑問が出てきたら勉強して…という繰り返しなのでしょうね。

 だから、今(2017年後半)の私のようにたまたま短い期間に運よくうまくいくようなことが続いても、それに酔いしれて安全確実の大原則を忘れてしまうといずれ痛い目を見る気がします。

 だから、この大原則を忘れずに、安全をより強固とするための勉強を怠らないようにしたいと思います。

自惚れに注意

われわれ平凡人がちょっと何かでウマくいった際、無意識の中にきざす自惚れには、その危険率が多い。

 今(2017年後半)まさに私はウマくいっている状態である。

 しかし、これは地合いのよさと私の買いのタイミングにおける強運の発揮によるものであり、はっきり言って実力以上にでき過ぎである。

 この流れにはしっかり乗っかるものの、調子に乗り過ぎて悪手を打たないようにしたい。

 つまり、調子に乗りながらも、調子に乗り過ぎて勘違いしないようにする。

結果についてはいつまでも悔やまない

 総じて世の中のことは、一から十まで何事もうまくいくものではない。ちょっとした出来心の気張り方で大成功を収めることもあるし、また小心翼々として長年苦心を続けてきたものがついに失敗に終わることもある。金を儲けるのも、大損を招くのもまた同じことで、要するに、やれるだけのことをやってきたのなら、その結果についてそうそういつまでも悔やむことはない。問題はそれを「よい経験」として次の仕事に生かしていくことである。

 結果についての大原則は、いかに努力し、勉強し、苦労しても失敗することがあるということですね。

 

 株をやっていればよくわかります。

 

 成功確率を上げるため、運をつかむためには勉強が欠かせませんが、かと言って勉強したら100%上手くいくかと言ったらそんなことはない。

 

 これが基本的な考え方。

 

 だからこそ、結果をいつまでも悔やむことはない、という考え方になるのですね。

 

 「これまでの勉強と経験の積み重ねから判断し、今回は〇〇という方針で行動したが失敗した。△△という考え方が足りなかったので、これを教訓とする」みたいに結果を良い経験として昇華させることが大切なのだと解釈しました。

 

 なので、「なんとなく◎◎したら負けた。つらい」みたいに方針とか行動の基準が明確でないと経験が積み重ならず、ただ単に精神的につらいという気持ちになるだけなので、こういう軽率な投資行動は避けたいものです。

 

 ともかく、方針を明確にして最善の行動をした結果うまくいかなかったのなら

 

 「これは今の自分のレベルで考えたらしゃーない。次に生かす」

 

 と前を向くことですね。

職業の道楽化。その結果の粕としての金。

 私の体験によれば(中略)人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も、名誉も、美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない。(中略)日々のつとめが面白くてたまらぬというところまでくれば、それが立派な職業の道楽化である。いわゆる三昧境である。そうしてこの職業の道楽化は、職業の道楽化それ自体において充分酬われるばかりでなく、多くの場合、その仕事の粕として、金も、名誉も、地位も、生活も、知らず識らずのうちにめぐまれてくる結果となるのだから有難い。

 楽しいことをした結果、お金が稼げればこんなにうれしいことはないですね。

 

 お金を稼ぐための仕事ではなく、仕事を楽しんだ結果の粕としての金。

 

 そんな風にしてお金が生み出せたらこんなに楽しいことはないですね。

 

 私の例で考えてみると、ブログを書いているのは時々めんどくささがありながらも、割と楽しい。

 

 でも粕としての金はほとんど生み出せていないw

 

 短時間のバイトは、世間体を考えず自分に向いているかどうかと時間の短さだけを判断基準にして始めた仕事なので、これも割と楽しい。

 

 粕としての金はサラリーマンの頃と比べたら少ないが、割と満足している。

 

 個人事業主としての自分の仕事も割とマイペースでやらせてもらっており、基本的にやりたくない仕事はやらないので、これもOK。

 

 ただ粕としての金はもう少しほしいので、最近その旨交渉し、成立した。

 

 仕事に人生の時間の大半を費やすのが通常だと考えると、その仕事が楽しいというのは私も幸せなことだと思う。

 

 要は、この引用箇所は、人生では楽しいことをした方が幸せだと解釈できる。

 

 私はその考え方には大賛成である。

 

読んで「あぁいい話だったなぁ」で終わりにしない

読者諸君はこの本多の長談義の中から、たった一つでもよろしい、自らなるほどとうなずかれるところがあったら、ただちに、それをあなたの実行実践に移してください。

 私の悪いところは、読後「あぁいい話だったなぁ」で終わりにしていまいがちなところである。

 本を読んで満足みたいな。

 それを戒めるためにも今、こうして感想をアウトプットして発信することで、より学びを血肉化しようとしている。

 しかし、それでもまだ足りない。

 次は実行である。

 今回、この本多先生の本を読んで、参考になることはたくさんあったが、具体的に何を実践に移すかを2つあげてみる。

 1つは、「2割利食い、10割益半分手放し」の考え方を投資に取り入れることである。

 過去にpiculさんの本『中長期投資マニュアル』を読んで分割利益確定の考え方を自身の投資行動に取り入れた。

 この考え方は自分の性格にも合っていて、私の投資成績の向上や精神面でのプラスに間違いなく貢献した。

 ただ、どのタイミングで分割利益確定するかという私自身の明確な方針はまだ確立できずにいた。

 今回、投資家の大先輩である本多先生がこの方法で財を築いたというのを読んで、2割で一部利食い、10割で益半分手放しというのを1つの分割利益確定のタイミングの目安にしたいと思う。

 あくまでも目安であり、銘柄への期待度や地合いや流れや直感などでタイミングが前後することはあると思うが、「基本はこのタイミング」というのを1つしっかり持っておくことは自身の投資にプラスになると思う。

 2つ目は、天引き貯金の考え方である。

 本多先生のように1/4天引きとするほどの緊縮策は、私の性格上無理なので、この考え方を応用して1/10天引きとする。

 実はこれは既に先月(10月)の収入分からやり始めている。

 天引きしたお金を入れる銀行口座と生活用の口座を明確に分けるようにした。

 4回に渡って書いてきましたが、感想は以上です!

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 この本に出会えた私は運が良かった。実践してその運を無駄にしない。

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