この記事は、前回のこの記事のつづきです。
はい。
では今回も本多静六先生の『私の財産告白』から心に響いた部分を引用しつつ感想を書いていきます。
感想
本多先生の人生計画
実をいうと、私は若い頃にこんな人生計画を立てた。「四十までは勤倹貯蓄、六十までは勉学著述、七十まではお礼奉公、幸い七十以上生きられたら、居を山紫水明の温泉郷に卜し、晴耕雨読の生活を楽しむこと」と。
爾来曲がりなりにも、私はこの計画通りに生きて、早くも八十の坂を越えてきた(以下略)
人生計画。
立てたことがないw
しかし、今年、人生で初めて1年間の目標は立てた。
これも人生における計画と言えば計画だ。
人生の長さからしたら大変短い計画だけど。
はい。
この計画については、当初の計画通りに進捗している目標もあれば、途中で計画変更となったもの、うまくいっていない目標など様々である。
ただ、計画を立てて実行したり、進捗を管理したりすることの人生におけるパワーは感じることができている。
そういう意味では、本多先生のようにもっと長期的に人生計画を考えた方がいいのだろうなと思った。
とりあえず資産額に関しては、3年後までに達成したい金額、50歳までに達成したい金額は最近明確にした。
これに関して思っていることは、親がまだ家のローンを払っていて支払いはまだまだ続くので、ある程度まとまった金額が作れたら「これで全部払いたまえ」と言ってあげたい。
あ、もちろん今その家に私は住まわせてもらっているので、毎月家にお金は入れていますが、それとは別にということであります。
少し人生計画から話がずれた感じがしますが、そんなことを考えました。
金は貸さない、借りない
昔から金の貸借にはいろいろな戒めがあって、「借主となるなかれ、また貸主となるなかれ、貸主は金と友人とを同時に失う」とシェクスピアなどもいっている。(中略)親戚知友に対する金銭上の融通はできるだけ避けたほうがよろしい。これはお互いのためだ。実際金の貸し借りは、その金ばかりではない、大切な友人や親類をも失うもととなるので、いかなる場合にも金を貸借しないに限る。
私もいままでにはずいぶんこの禁を破って金を貸した。(中略)気の毒だと思って貸した金で、その金が生きた例がほとんどない。
(中略)
ともかく、一度金を借りにくるくらいの人は、必ず二度、三度と借りにくる。
(中略)
何人も心を鬼にして最初から一切融通に応じない方針を厳守するよう、私は私の体験からみなさんにおすすめする。またそれが本当にお互いのためでもある。
これは固く守ろうと思います。
私も過去に知人に50万円ほど貸して、結局その1割の5万円しか返してもらえない経験をしました。
貸す前には借用書もきっちり書いてもらいました。
それをもとにしつこく何度も何度も返すよう迫りました。
しかしそのたびに明らかに嘘だとわかる言い訳をして返してくれませんでした。
返してくれと何度も何度も呼びかける時間、なぜ安易に貸してしまったのだろうと馬鹿な自分に悩む時間、相手に対してイライラする時間、金を貸したことで人生で余計な時間を使いました。
気分的にも最悪です。
もちろん金銭的にもマイナスです。
何もいいことはありませんでした。
かわいそうだと思って貸したのですが、完全な間違いでした。
だから本多先生のこの教えは身に染みてよくわかります。
だから私も心を鬼にして絶対お金は貸さないようにします。
もちろん借りることもしません。
功を急がない。堅実に
初めの間は手堅く勤倹生活をつづけていて、急に途中からぐれ出す人々を多く見掛けるが、仔細にこれを調べてみると、いずれも功を急いで不堅実なやり方をしたものばかりである。すなわち実力相当な進み方をしていればよいのに、資産不相応な融資をしたり無理算段の投資をしたり、おのれの器量以上に大きな仕事や、不慣れな事業に手を染めたり、とにかく、いたずらに成功を焦ったり、堅実を欠くに至った人たちが失敗に帰しているのである。だから、少しばかり金ができても、早く金持ちになろうとか、急に財産を殖やそうと焦るのは、たとえ一時の小成功を収めることはあっても、必ず最後はつまずきを招くものであるから、何人もよくよく注意しなければならない。
(中略)
一度順調に向かうと、たちまち慢心を起こして、自分独りでエラクなったような気になりがちなものである。こうなるともう先輩の意見も聞かず、第三者の批判を馬鹿にしてくる。とどのつまりは、無謀な大事業や不慣れの仕事でたちまち大失敗を招くことになる。
自分の実力相当以上のこと、器以上のことをやっても失敗するということですね。
たまたまうまくいっているのを勘違いして慢心し、一気に資産を増やしてやろうと功を急ぐといずれ必ず失敗するということですね。
これは…今の自分はよくよく気をつけなければなりません。
たぶん、今、私は少し調子に乗っています。
客観的には、たまたま地合いがよい中で運よくうまくいっただけなのに。
だって今からたった3か月前までは私の投資資産は年初からずっと前年末比わずかなプラスとマイナスの間を行ったりきたりで低空飛行でした。
今からたった3か月前のことです。
まぁ勉強した成果が出たと言えば出たのかもしれませんが、明らかにできすぎです。
はっきり言って、翌年も現状と同水準のパフォーマンスが出せるなんて全く思えません。
でも、そうは思いながらも、実際は調子に乗っているのです。
25日騰落レシオが120~130と明らかに高い水準であるにも関わらず、私は調子に乗ってメガネスーパーの株を買い増しし続けています。
で、ついにPF主力1位になるまで買い進めてしまいました。
でもここまで増やしてしまって急に不安になりました。
明らかに自分の許容量、つまり器以上の水準まで買い増ししてしまったからです。
ここではメガネスーパーの株が上がるか下がるかという個別の銘柄の株価の将来性のことを議論したいわけではありません。
述べたいのは、今自分が明らかに自分の器以上の取引をしてしまっているということです。
そしてその背景には、調子に乗って勘違いしてしまっている自分が明らかに存在しているということです。
そして、こんなことを続けていたらいずれ失敗することは明白だと恐怖を感じているということです。
幸いなことに、勘違いしている自分に恐怖感を感じている自分も同居しています。
というわけで、とりあえず前日に買い増しした分は買い値と同値の77円で撤退しました。
今後どの程度の比率で持つかは、PFを運用してみて自分が恐怖を感じない程度、自分の器に収まる程度を探って考えていきます。
今回余計な買い増しをしたことで無駄に手数料分損をした形になりましたが、勉強代としては安く済んだと思っています。
まだ感想を書きたい箇所がある
ここまでで2,000字を超えてしまいました。
続きは次回とします。
今回の引用箇所の中では、「功を急がない」を実際の自分の投資行動と照らし合わせて具体的に実践できたことがよかったと思います。
私はすぐ調子に乗って余計な取引をして損失を出してしまう癖があるので、この「功を急がない」は特に肝に銘じたいと思います。
④につづく
日々勉強。