『幸福の哲学』(岸見一郎)を読んだ感想④完:幸福な生き方とは?

 この記事は前回のこの記事のつづきです。

 さて、最初の記事でこの本で引用したい箇所を以下の4つに分類しました。

 ①人生の意味、生き方について(P22,23,26)

 ②自由意志と責任について(P96,101,112,113,193,194)

 ③課題の分離と自立について(P142,143)

 ④幸福について(P7,53,56,64,65,192)

 前回までに③までの感想を書きました。

 さて、この本は『幸福の哲学』というタイトルの本です。

 つまり、幸福について考える本です。

 というわけで、今回の④はこの本のメインのテーマに当たります。

 それではいきます。

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感想

④幸福について(P7,53,56,64,65,192)

「何のために生きるのか」というような話になった時、成功するためなどと勇ましい話をする人がいる。だが、私にはそんな大それたことはどうでもよく、幼い頃、父と一緒にいて幸福を感じたような瞬間さえあればよいと思う。

(中略)

 成功が一般的であるとすれば、幸福は個別的である

(『幸福の哲学』P7,53より引用。太字下線による強調は引用者による)

 冒頭、著者の岸見さんの幸福についての考え方が示されます。

 成功することでなく、日常の中に幸せを感じると述べています。

 私もこの考え方に共感します。

 たしかに、世の中に認められるような成功をして社会貢献することは素晴らしいことだと思います。

 しかし、そんな大きなことを成し遂げなくても人は幸せを感じられると思います。

 幸せとは、他者が決めるものではなく、個人がそれぞれの形で見出すものだと思います。

 アドラーは、次のようにいっている。

 「大切なことは何が与えられているかではなく、与えられているものをどう使うかである」(『人はなぜ神経症になるのか』)

 成功もお金も与えられたものである。より重要なことは、その与えられたものをどう使うかであって、使い方によって人は幸福であることもあれば、不幸であることもある。

(『幸福の哲学』P56より引用。太字下線による強調は引用者による)

 これは②で述べた人間には自由意志があるということを言っているのだと思います。

 与えられた外部要因で幸不幸が決定するのでなく、その外部要因を自分の自由意志でどう生かすのか、立ち向かうのか、解釈するのか、がポイントだと言っています。

 人生は外部要因による決定論で決まるのではなく、自由意志で自分で決められる目的論的考え方です。

 この辺のことについては②でも書いているので、この位にしておきます。

 ここでは、外部要因で幸不幸は決定しないという岸見さん=アドラーの基本的な考え方をおさえておきます。

 他者に煽られたり、流されたりすることなく、自分がしようとしていることの目的を見極めようとする人は、主体的に幸福を選択することができる。そのような人は、皆が進むのと同じ方へと向かって歩いていこうとはしないことがある。皆が酔っているのに、その人一人だけが醒めている。皆が成功を目指していても、日常のささやかな幸福があることを知っている。

(中略)

 人は幸福に「なる」のではなく、すでに幸福で「ある」。そのことを知った人は、幸福になるために何かの実現を待たなくても、日常の瞬間に幸福を感じることができるだろう。

(『幸福の哲学』P64,65より引用。太字下線による強調は引用者による)

 他者に煽られたり、流されたりしないためには、③で書いた課題の分離が有効です。

 自分の課題と他者の課題を明確に分離して自立できていれば、他者に翻弄されることなく、自分の課題の達成に心と時間を傾けて生きることができます。

 私に関して言えば、③までで書いてきたことと絡めて書くと、自分の人生の意味を自分で決めて、課題の分離をして、自由意志を発揮して楽しく生きられればもうそれで十分幸せです。

 つまり、幸福になるために何かをするのではなく、自分の人生を生きているから既に幸せで「ある」ということです。

 幸せの青い鳥の話みたいなもので、もっともっとと「外の何か」を求めているから幸せになれないみたいな。

 毎日、自分の自由意志を発揮して生きて、十分精神的に満ち足りていれば、「足るを知る」みたいな感じで幸せを感じられるのかなと思います。

 そしてそのような生き方をしていれば、日常に幸せを見出せるのではないかと思います。

 どのように生きるのが幸福なのかを考えたい。結論を先にいえば、それは「今ここ」を生きることであり、過去と未来を手放すことである。

(中略)

 何かが実現しさえすれば本当の人生が始まる、そう考えている限り、今は仮の人生、準備期間でしかなくなる。だが、今こそが本番で、リハーサルの時ではない。

(『幸福の哲学』P192より引用。太字下線による強調は引用者による)

 岸見さんの幸福な生き方についての結論が書かれている箇所を引用しました。

 「今ここ」を生きることが幸せなのだとの結論です。

 冒頭、岸見さんは父との日常に幸福を見出した旨書いていましたが、これはまさに「今ここ」を生きているからこそ見出せるのです。

 何度も何度も繰り返していますが、自分の人生に自分で意味づけをして、課題の分離をして、自由意志を発揮して自分の責任で決断して自立して生きていくことは、まさに「今ここ」の本番を生きる生き方なのだと思います。

 そしてそのような生き方は楽しく幸せな生き方だと身をもって実感しています。

おわりに

 4回にわたって『幸福の哲学』の読書感想文を書きました。

 私にとっては、「自由意志」というキーワードを強力に意識した本でした。

 記事では引用できませんでしたが、岸見さんの人生での葛藤が書かれており、それにどう向き合ってきたのかという経過が垣間見れるのもこの本の面白さだと思います。

 それから、これも引用しませんでしたが、

「自分に価値があると思う時にだけ、勇気を持てる」(Adler Speaks)

(『幸福の哲学』P167より引用)

 という言葉を引用して、自分に価値があると思えるようにするための方法なんかも紹介されています。

 私はその辺についてはさほど課題意識がないので、ほとんど線を引いておらず、そのために紹介することができませんでした。

 

 自分に価値があると思えることは、何をするにおいてもエネルギーの基礎・土台になると思うので、その辺に課題意識がある方は読んでみるのもよいのではと思います。

 4回にわたり読んでいただき、ありがとうございました。

 おわり

↓この本の感想を書きました。

幸福の哲学 アドラー×古代ギリシアの智恵 (講談社現代新書)

posted with カエレバ

岸見 一郎 講談社 2017-01-18

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