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『神様に上手にお願いする方法』(斎藤一人)を読んだ感想:お願いというよりは決意表明


 

 この本は「15分間シリーズ」というだけあって、89ページしかありません。

 文字もデカイです。

 仮に1ページ読むのに30秒かかったとしても45分弱で読めます。

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内容をごく簡単に説明

 この本では天の神様と対比して、自分の中に「内神さま」がいると主張しています。

 そして自分の「内神さま」に願いを伝えるとそれが叶うと書いています。

 その際、「~してください」という願いの伝え方ではダメなのだそうです。

 その理由は、「~してください」では、そうではない状態を暗に伝えてしまうからだそうです。

 例えば、「健康にしてください」では、健康でない=病気の状態を暗に伝えてしまうということです。

 ではどうすればよいのか。

 答えは、既にさも達成したかのように願いを伝え、感謝するのだそうです。

 例えば、「健康にしていただいて、ありがとうございます」という具合です。

 内容としてはその他にも色々あります。

 ただ、私が今回書きたいのはこの点のみなので、その他の内容も気になる方は本を読んでみてください。

感想=私の解釈

 神様云々について、その真偽についてはここでは触れません。

 なぜなら私にはわからないからです。

 わからないことについては、あのブッダですら、口を閉じました。

 だから私もそれを真似て口を閉じますw

 ところで、神様がいるかいないかは別にして、神社などに行くと手を合わせて「~になりますように」とお願いをする人もいるかと思います。

 この辺の願い事をすることについては、こうりんさん(ツイッター:@kourin1666 ブログ:なにかのアウトプット)が最近のこの「「神頼み」と言うけど結局は自分なんですよ?」という記事でふれていました。

 そしてこの記事に全く私も同感でリツイートもしました。

 共感した考え方は、こうりんさんの記事のタイトルの通りなのですが、本文中に書かれていた「神頼みは一種の決意表明」というところが一番心に響きました。

 私も人並み程度(かそれ以上)には神社にお参りに行きます。

 そこで手を合わせて心の中で唱えるのは、

 「私は〇〇します。どうぞ見守っていてください。いつも見守っていただき感謝します」

 とこんな感じです。

 この唱え方は元妻の受け売りなのですが。

 いずれにせよ、神社では決意表明をするわけですね。

 あくまでも決めるのは自分。

 行動するのも自分。

 だから神社では神様かお天道様か八百万の神かわかりませんが、そういった「なにか」を仮定して、でも実は自分に対して決意表明をする。

 決意表明なので自分の決意は断定の形で唱える。

 そしてその決意表明を偉大な「なにか」が聴いてくれたと仮定して感謝する。

 というかそういう形をとって実は自分で自分に感謝する、肯定する。

 そんなことを心がけています。

 で、この本では便宜的になのかわかりませんが、「内神さま」という考え方を示しています。

 でも要は言っていることは、自分で〇〇すると言いきり断定の形で決意して、偉大な「なにか」=自分に感謝する、ということだと思っています。

 というか私はそう解釈しました。

 暗示的な効果もあって、このやり方は結構パワーを発揮すると思います。

 インチキ宗教くさいとか思って毛嫌いするのも一つの選択です。

 しかし、私は言いきりの断定の形で自分で自分に言い聞かせたり、神社で唱えたり、結構このやり方を取り入れています。

 現にこのブログでも何度も繰り返しそんなことをやり続けています。

 本を読んでこんなことを改めて考えました。

 おわり

↓この本の感想を書きました

読んでいただきありがとうございました。

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合掌

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