「どのように生きれば幸せか」についての現時点の私の答え

Greyerbaby / Pixabay

 

 昨日はある方と日没前から酒を飲んでいました。

 楽しくて飲みすぎました。

 二日酔いで気持ち悪くて5時前に目を覚まし、トイレとベッドを何度も往復し、8時頃まで死んでいました。

 楽しい時に飲みすぎるのは毎度のことで全く学習しませんw

 この飲みのことはそれで一つ記事が書けるので、また別途書こうと思います。

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「幸せとは何か」ということを昔から考えていた

 で、どういう経緯だったか忘れたのですが、その酒の場で気が付くと私は幸せについて語っていました。

 でもしゃべるのが下手すぎてうまく話せなかったので、改めて文章で書いてみたいと思いました。

 昔から漠然と「幸せとは何か」とか「人生の意味」とかを考えていた気がします。

 それは自分がこの世を漠然と「生きにくい」と感じていたことの裏返しかもしれません。

 で、どの位昔から考えていたかというと、漠然とは小学生くらいから考えていた気がします。

 そして高校生位になるとよりはっきりと考えるようになりました。

 そしてその答えを最初は哲学に求め、その後心理学や原始仏教に求めてちょっとだけ勉強してきました。

 それはそれで面白かったし、得るものもあって、その考え方を自分の人生に一部取り入れることができました。

 ただ、私にとって完全にぴったりくる答えとは言えなかったのも事実です。

「どのように生きれば幸せか」についての現時点での私の答え

 しかし、今から約2年半位前のサラリーマンの時に仕事でS先生という方と出会い、その方の考え方が自分にとてもぴったりきました。

 その考え方とは「何事も楽しむ」「判断は自分の正直な感覚に従う」というものです。

 言われてみると「なんだそんなことか」と思うかもしれません。

 しかし当時の私は「これだ!」と思いました。

 そして今もその思いは変わりません。

 S先生に出会う前にも「人生楽しんだ方がいい」とか「自分に正直に生きた方がいい」とか、そんなような言葉は何十回何百回と聞いてきたはずです。

 しかし、それらの言葉は自分の心にはあまり響きませんでした。

 これまでに自分が積み重ねてきた過去の出来事。

 聞いたタイミング。

 S先生自身がそれを実践していて実際に楽しそうに生き生きしていること。

 こういった様々な要素が重なり合って、初めて実感として「自分の正直な感覚に従って楽しんで生きればいいんだ!」とわかりました。

 よって、「どのように生きれば幸せか」についての現時点での私の答えは「自分の正直な感覚に従って楽しんで生きれば幸せ」です。

 ただ、人それぞれに幸せの定義は違うでしょう。

 また、この記事を目にするタイミングや私のブログからこういった印象を実際に皆さんが受けているかどうかという問題もあるでしょう。

 そんなわけで幸せとは「自分の正直な感覚に従って楽しんで生きること」と私の定義を書いたところで、あまりピンとこないかもしれません。

 それは上記の理由で仕方のないことだし、それはそれでいいと思っています。

 おわり

読んでいただき、ありがとうございました。

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