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ブログを毎日書くことに意味はあるか:私の場合は3つの理由で意味がある

 

 私は年初から今日まで毎日ブログ記事を投稿しています。

 果たしてこの行為に意味はあるのでしょうか。

 結論から言うと、意味がないとも言えるし、意味があるとも言えるし、どうでもよいとも言えます。

 いやいやこれじゃ何も言っていないに等しいですねw

 でも仕方がないのです。

 なぜなら「ブログを毎日書くことに意味はあるか」という問いの立て方が悪いからです。

 この問いを意味があるものにするには、もう少し観点を明確にしなければなりません。

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自分にとって意味があるかどうかは自分がどんな観点でその問いを立てているかによる

 「ブログを毎日書くことに意味はあるか」と聞かれたら皆さんはどう答えるでしょうか?

 「私はブログは書かないけど、毎日Aというブログを読むのを楽しみにしている。私はAの新しい記事を毎日読みたい。なのでAブログを毎日更新することには意味がある」

 

 「くだらない薄い中身の記事を毎日投稿しても意味がない。私はじっくり時間をかけて記事を書いて量より質で勝負したい。だから私にとって毎日無理に投稿することは記事の質を落とすことにつながりかねず逆に弊害しかない。なのでブログを毎日書くことに意味はないどころか悪い意味しかない」

 「量から質は生まれると考える。だから質の高い記事を生むためには毎日書いた方が良い。よって毎日書くことには意味がある」

 「関心がないのでどうでもよいw」

 人によっていろいろな答えがあるでしょう。

 つまり観点を決めない限り答えようがないです。

 観点を決める以前に興味がなければ「どうでもよいw」となるでしょう。

 これは世の中のすべてのことに言えると思います。

 最近私は『史上最強の哲学入門』の著者、飲茶さんの『哲学的ななにか。あと科学とか』を読んでいます。

 まだほんのさわりしか読んでいませんが、これを読むと、本当に世の中に絶対的に正しいものなんて何もないんだなぁと思わされます。

 科学ましてや数学でさえもそうなのです。

 全て「こういう風に決めました。これが正しいことにします」という前提がないと何も積み上がらないので、何も言えないという。

 詳細は上記の本を読んでほしいのですが、私はそう理解しました(まださわりしか読んでませんが)。

 それにしても飲茶さんの本は難しいことをとても分かりやすく説明してくれていつも鱗がぼろぼろです。

 話を戻しますと、世の中すべてのことがまぁそういうわけなので、「ブログを毎日書くことに意味があるか」についても同様なのです。

 「ブログを毎日書くことに意味があるか」について、自分なりの観点で「〇〇の理由で意味があります」とか「〇〇の理由で意味がありません」と決めるしかありません。

 そして、その観点(理由)の正しさは問いません。

 その正しさを証明しようとすると無限ループに陥ります。

 だから決めるしかないのです。

 決めたらそれで行く。

 誰かに意見されて、それが腑に落ちれば別にその観点を改めたり、ブラッシュアップするなりするのは構わないと思います。

 ただそれがコロコロ変わっていると自分の軸が不安定になってしまい、それはあまりよくないことな気がします。

で、草木無量さんあなたの結論は?

 はい。

 それでは私の決めた結論です。

 私にとっては毎日記事を投稿することに意味があると考えています。

 理由を3つ説明します。

意味があると考える1つ目の理由

 私は、年初の目標で年間365記事投稿すると決めました。

 年間365記事なので別に毎日投稿しなくても、1日おきに2記事書いてもいいわけです。

 目標設定時は、飽きっぽい私がまさか毎日投稿できるとは思っていませんでした。

 だから年間365記事という目標の立て方だったのですが、この目標を月ベースに落とし込んだ時に、毎日投稿できたら評価◎と決めました。

 その影響で、奇跡的に今日まで100日以上毎日投稿することができました。

 慣習上、毎日投稿してきたことで、これを年末まで1年間通してやり通したいと思うようになりました。

 これが私が毎日記事を投稿することに意味があると考える理由の1つ目です。

 1年間通して毎日投稿したいという気持ちが出てきたので、その気持ちに従い毎日投稿するということです。

意味があると考える2つ目の理由

 次に2つ目の理由です。

 私は記事の質を上げたいと思っています。

 凡人の私は経験上、量をこなすことでしか、記事の質を向上させることができないと思っています。

 例えば、私は社労士試験の受験経験がありますが、ネットとかで調べるとだいたい800時間~1,000時間の勉強が必要なことがわかりました。

 1回目の受験ではそれでもなめてかかって勉強時間が800時間にはほど遠く、問題外の成績で落ちました。

 その後私はほぼ毎日通勤時間とか昼飯の時間とかを使って800時間勉強しました。

 それでも2回目の試験では1点に泣き、落ちました(総合点は楽々クリアしていましたが、1科目基準点に1点未達でした。尚、これは社労士試験あるあるで、あまりにも不透明な合格基準に対し、不合格取り消し訴訟が全国で起きているほどです)。

 そして3回目の試験では、既に800時間に勉強時間が達していたので、記憶したことが抜けない程度の勉強で臨みましたが、またもや総合点は楽々クリアしたものの個別の科目で基準点に足りず不合格。

 もう4回目の試験では、試験を受けることすらバカバカしくなっていたのですが、周囲にもったいないと言われ、まぁ確かにそうかもしれないと思い、一応受けることにしました。

 既に知識は十分だと思っていたのと、どうにもやる気が出なかったので、8月の試験なのにゴールデンウイーク明けまで全く勉強しませんでした。

 4回目でやっと合格したのですが、今でも社労士試験の一部の問題はちょっと極悪だと思っているというか、勉強したことが試験で報われない問題が一部あると思っているので、あまり受験はお勧めできません。

 だからこそ訴訟が起きるわけですが。

 話しがずれました。

 要するに社労士試験の場合は、極悪問題を別にすれば、800時間の勉強時間で合格ラインの総合点はクリアできます。

 つまり800時間の勉強をすれば社労士試験に必要な知識は習得できます。

 逆に言うと、1回目の試験では800時間に到達していなかったのではしにも棒にもかかりませんでした。

 つまり、天才でない限り、ある程度時間をかけて量をこなすのは社労士試験で合格ラインに達するための最低条件なのです。

 最低条件を満たしてからも2回も落ち続けたわけですが。

 こんな経験があるので、記事の質を上げるためにも、毎日書くことでブログ執筆という行為に時間をかけて、量をこなさなければ、質云々以前の問題なのではないかという思いがあります。

 そのおかげか、最初の頃に比べたらいくらか文章はうまくなった気がします。

意味があると考える3つ目の理由

 3つ目の理由です。

 私は、このブログのPV数を上げたいと思っています。

 またPV数を上げることでグーグルからの報酬も増やしたいと思っています。

 PV数を狙って書いた記事でそれが的中することもありますが、中には何気なく力を抜いて書いた記事がPV数を長きにわたり稼いでくれることもあります。

 記事をたくさん書けば書くほど、思わぬ記事がヒットする可能性があります。

 なので毎日記事を書いています。

 質の低い記事があると逆にそれがブログ全体の評価(検索エンジンによる評価)を下げるということもあるらしいですが、そうであれば、PV数の少ない記事で思い入れのない記事は後から削除すればいいかなくらいに思っています。

 まだまだ記事の絶対数が少ないと思っています。

 具体的には年末頃には500記事を超えてくると思うので、その辺になってから削除すべき記事のことについては考えようと思っています。

まとめ

 私にとって毎日ブログ記事を投稿することには意味があります。

 その理由・観点は次の3つです。

 ①1年間通して毎日投稿したいという気持ちになったので

 ②記事の質を上げたいと思っていて、そのためには量をこなすことが必要だと思っているので

 ③量を書くことで思わぬヒット記事が出る可能性が高くなり、そうすればPV数や報酬増につながるため

 尚、これはあくまでも私にとって意味があるということにすぎません。

 

 また、②③については「毎日書かなくても量はこなせる」という考え方もあるかもしれません。

 しかし、毎日書くという縛り・習慣ほど量をこなすのに有用な方法はないと思っています。

 おわり。

読んでいただき、ありがとうございました。

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