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プロフィール2:幼少期(幼稚園時代)

 前回の記事は↓こちらです。

これまでブログにプロフィールのページがなかったので書きました。時系列に書いていく予定です。まずは幼少期(幼稚園入園前)についてです。

<前回のあらすじ>

 三輪車をひっくり返して独りで車輪をひたすら1時間回すという独特の遊びをマスターした草木無量少年。

 そんな社会性のない彼は無謀にも保育園に入園します。

 しかしそんな彼が当然保育園に適応できるはずもなく、あえなく7か月で中退してしまうのでした。

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幼少期(幼稚園入園)

①体験入園での思わず口から漏れ出た言葉で注目を浴びる

 保育園に適応できなかった草木無量少年。

 やがて歳を重ね、幼稚園デビューの年齢(年中から入園:5歳になる年)を迎えます。

 「ざわ・・・保育園中退から2年以上が経った・・・あの時の失敗体験・・・思い出すだけでも冷や汗が出るぜ・・・幼稚園デビューでは・・・絶対に・・・絶対に失敗できないぞ!」

 そんなことは全く考えていなかったと思いますが、幼稚園デビューを迎えます。

 デビュー前には体験入園というものがあるらしいですが、たぶんその時の出来事だったと思います。

 ともかく保護者が一緒にいる場での出来事です。

 弁当の時間になりました。

 母が作った弁当でなく、幼稚園で弁当が出されました。

 私はその弁当のふたを開け、こう言いました。

 「うわぁ~おいしそう!」

 まわりのお母様方はその素直な反応に「うふふふ」と笑って私に注目したそうです。

 しかし、私の母からしたら、その声があまりにもでかかったらしく、恥ずかしかったそうです。

 たぶん何の変哲もない弁当だったのでしょう。

 その程度の弁当をみて感激していたわけです。

 「いったいこの子は普段何を食ってるんだろう」

 そんなことをまわりのお母様方が思っての「うふふふ」だったのかもしれません。

 いや、これはちょっとあまりにも邪推しすぎかもしれません。

 弁当と言えば、こんなエピソードもありました。

 幼稚園では弁当が出される日と家から弁当を持っていく日がありました。

 そこで母が私にこう尋ねました。

 「お母さんの作る弁当と幼稚園の弁当どっちが好き?」

 もちろん母とすれば「お母さんの弁当」と答えるのを期待しているわけです。

 しかし私は「幼稚園の弁当」と答えたそうです。

 理由を聞くと「幼稚園の弁当の方が量が多いから」と答えたそうです。

 味じゃないんかい!

 実は、私はこのやり取りをかすかに覚えています。

 母の弁当はおいしかったのです。

 おふくろの味というのはよく言ったもので、今でも母の料理はうまいと思うし、やはり自分の味覚に多大な影響を与えるのだと思います。

 でも弁当箱は幼稚園のやつの方がでかかった。

 その時に母の弁当と言えなくて、少し申し訳ないと感じながら回答した気がします。

 食い意地のはっている幼稚園生でした。

 

②お迎えのバスでの毎日の光景に自分のことを棚に上げてしまう草木無量少年

 幼稚園では毎日お迎えのバスがきました。

 同じ幼稚園に通う近所の子どもたちが親とともに決められた場所に集まってバスを待ちます。

 そこには私より1歳年下の少年がいました。

 たぶん年少クラスに入ったばかりでまだ3歳位だったのかもしれません。

 彼をAくんとします。

 Aくんは毎朝泣いています。

 その泣き方が尋常ではありません。

 「ううぅお゛ぅぁ゛~~~!!っぁ!!ママァ゛~!!ぐわぁ~!!いやだぁ~!!」

 とこんな感じで毎朝泣いています。

 私は「なんでこの子毎朝騒いで泣きちらかしているんだろう。恥ずかしくないのかな」なんて思っていました。

 いや無量くん。あなたの数年前の姿そのものだよ。完全に自分のことが棚に上がっちゃってるよ。

③お迎えのバスの車内はいつもカオス状態

 ところで、バスの中はいつもカオス状態でした。

 Aくんは「うぎゃぁぁ!」と泣き散らかしています。

 そしてこの記事にも書きましたが、こうじくん(仮名)という最強のガキ大将みたいな子がいました。

 こうじくんの決め台詞を引用します。

「おまえぶっちぎりのばらばらにするからな!」

 ぶっちぎりの・・・ばらばら・・・

 幼稚園児のセリフとは思えません。

 ホントにカタギの人なのかと疑います。

 怖すぎます。

 そんなわけで我々幼稚園児はバスがこうじくんの家に近づくにつれ、

 「こうじくんが来ませんように!こうじくんが来ませんように!」と手を合わせて一斉に祈り始めるのです

 ※ねつ造された記憶かもしれませんが、その位怖かったことは確かです。

 

 かたや「ウギャーぅうぁぁぁ!」と泣き叫ぶAくん。

 

 かたや集団で手を合わせて祈る園児たち。

  

 バスの中は毎朝こんなカオス状態でした。

 いやぁ平々凡々に生きてきたと思ってましたが、改めてこうして書いてみるとなかなかの修羅場をくぐり抜けていますね。

④絵本を速読する無量少年

 幼稚園時代も相変わらず基本砂場で一人遊びで苦にならない少年でした。

 一人遊びと言えば絵本も一人で読めます。

 前回のプロフィール記事でも触れましたが私は言葉を読むのが好きでした。

 そんなわけで絵本も好きでした。

 

 絵本については物凄く覚えている光景があります。

 私は幼稚園のクラスのなかで「絵本を読むスピードが速い男!」という謎の立ち位置を手に入れていました。

 他園児から私に「絵本を読んでくれ」という依頼が舞い込むと、私は物凄いスピードで音読します。

 意味も何も全く頭に入ってきませんが、とにかく早口で読み上げると皆が笑って喜ぶのです。

 それが嬉しくて、依頼はすべて無償で引き受けました。

 この感覚が忘れられなくて、小学校でも国語の授業で皆の前で音読するときはやたら早く読んでました。

 謎の早く読めるアピールです。

 尚、表面をなぞっているだけの感覚で全く内容が頭に入ってきませんので非推奨であります。

 ちなみに私は理解しながら読むという本来あるべき速読は大の苦手で、どちらかというと遅読であります。

⑤お遊戯会で「木の役」をする無量少年

 もうこれはそのままです。

 何の劇だったか完全に忘れました。

 現代では、お遊戯会でシンデレラ役が10人とかあるらしいですね。

 みんなが主役みたいな。

 ちょっと話がずれるかもしれませんが、お遊戯会に関してはある方が次のような趣旨のことをおっしゃってました。

幼少時代のお遊戯会でクラスに超かわいい女の子がいたにも関わらずその子は脇役で、代わりに金持ちの子が主役をやっていた。

この経験から世の中はそういう風に回っているんだということを学んだ。

 幼稚園と言えど社会の縮図です。

 あまりにも残酷な現実ばかりみせるのも酷ですが、主役10人の中で主役を経験することが本当にその子のためになるのかなと思ったりします。

 別に「お遊戯会」に最上の価値を皆が置いて必死になる必要はないのです。

 そういう意味で、私は木の役に何の悲しさも感じていなかったと思います。

 たぶん木の役は10人以上いたと思います。

 木の役は10人いても違和感はないですね。

 セリフはそれぞれ一言だけだったと思いますw

 各自セリフを言うときだけ、両腕を枝に見立てて広げてゆらゆら波打たせながら、何か一言発したと記憶しています。

 今その光景を思い浮かべると、ものすごく笑えますw

 ただ、私は子どもがいないからこういうことを言っているにすぎないのかも知れません。

 子どものいる親の立場からしたら単純に主役で目立つのはうれしいと思うのかもしれませんね。

 幼稚園時代おわり。

 ↓小学生1,2年生時代につづく

 不定期に気まぐれに書いているプロフィールシリーズ。  3回目は小学1.2年生の時のことです。  ↓前回の記事(...

読んでいただき、ありがとうございました。

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