私が幼稚園児に渡すお年玉の金額(とその額について悩まなかった理由)

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金額だけ知りたい人のためにまずは結論から

 冒頭の写真は1万円札ですが幼稚園児に1万円をあげようとは思いません。別に1万円をあげるのが良くないとも思いません。ただ、私の金銭感覚とか世間相場とか自分の財布事情を考えると幼稚園児に1万円をあげようとは思わないというだけです。

 これから説明していこうと思いますが、結論だけ早く知りたいという方もいらっしゃるでしょうから、先に結論を述べると幼稚園児へのお年玉は1,000円にしようと思っています。

 お年玉を1,000円にする理由は、根源的には、上記の通り私の金銭感覚とか、世間相場とか、自分の財布事情とか、もらう立場だった時の経験とか、その他諸々が影響しているのでしょうが、金額の決定についてはある理由により全く悩みませんでした。

 以下では悩まなかった理由について述べていこうと思います。

何でもない日にもらうお小遣いは少額でも嬉しい

 私には弟妹(きょうだい。以下同)がいます。弟妹には子どもがいます。つまり甥とか姪に当たる子がいます。ちょうど幼稚園児の年齢です。

 正月には弟妹そして私が実家に集結します。そこでお年玉です。

 子どもがいないので幼稚園児にとってお年玉をもらうことがどんだけ嬉しいことなのかピンときませんが、なんとなくそれがわかり始める年齢なのかなと推測しています。

 お金をもらうということに関して、私自身、幼稚園児の頃のことはよく覚えていませんが、小学生の頃の記憶はあります。

 私が小学生の頃、祖父母は父方母方各2名とも存命でした。同居はしていませんでしたが比較的近くに住んでいたことから、結構頻繁に遊びに行っていました(具体的には、父方の祖父母の家には月2回位、母方の祖父母の家には2か月に1回位かな)。

 すると父方の祖父母(正確には祖母)は私が小学生の頃、遊びに行くといつも「これでお菓子を買ってきな」と500円とか1,000円とかくれました。で、その500円とか1,000円を握りしめて皆(祖母から見たら孫、私から見たらいとこ、3,4人)で近くの駄菓子屋で好きなお菓子を買って食べてました。

 おつりは祖母に返してたのか懐に入れてたのか忘れましたが、とにかく、この不意にもらえるお小遣いが嬉しかったのを覚えています。

 まぁ「不意に」と言いつつ子どもながらに今日ももらえるんじゃないかと期待はしているんですがw また、同居していた孫(私から見たらいとこ)が同居している強みを生かして恐れることなく駄菓子屋に行きたい的な感じを祖母にアピールするナイスアシストをすることが度々あったことを今思い出したw ブログ書いていると色々思い出したり発見があって楽しいなぁ♪

 ここで話が本筋からずれますが、父方の祖父は戦争を経験しており、その生存中、国から恩給をもらっていたというのを何となく耳にしたことがあります。たぶんそこから小遣いを捻出してくれていたのだと思います。ありがたい。

 母方の祖父母の家は父方の祖父母の家よりも少し遠かったので遊びに行く頻度は、2か月に1回位でした。こちらでも何でもない日にお小遣いをくれることがありました。

 パターンとしては、帰り際に祖母がお見送りしてくれる時に5千円札とか1万円札をティッシュにくるんで母に渡します。しかし母は「悪いから」と祖母に戻します。祖母はそれでも母に受け取らせようともう一度押し返します。こんな受けとる受け取らないの押し問答を数回繰り返した後、結局受け取るという感じです。

 いただいたお金は兄弟妹の3人で3等分です。だから額としては1人1,500円とか3,000円とかそんなもんなのですが、結構貧乏だったので嬉しいものでした。

 ここまで書いてきて思い出したのですが、そういえば小学校低学年の頃はまだ母方の曾祖母(ひいおばあちゃん)が存命でした。遊びに行くのは年に1回位だったと思いますが、それだけに毎回やはり帰り際に兄弟妹3人分としてティッシュにくるんだ1万円をくれました(やはり押し問答はあるw)。

 ちょっと話がずれますが、曾祖母の近所に住んでいたおばあちゃんがなぜか古いマンガ雑誌とかをくれたのを今思い出しました(マンガのおばちゃんとか呼んでた気がする。あの人は一体何者だったのだろうか)。それも嬉しかったなぁ。

 ここまで長々と自分の経験を書きました。

 要はお小遣いの金額は多ければ多いほど嬉しいのは当たり前なんだけど、子どもにとっては「なんでもない日にもらうお小遣いは額が少なくても嬉しいもんだ」ということが言いたかったのです。

 否。正確には、大人になっても1,000円位のランチだったり、数千円の飲み会代をおごってもらえたら嬉しいですよね。そういう意味では子どもも大人も同じですね。

子どもへの小遣いに関する斎藤一人さんのある言葉が腹に落ちた

 斎藤 一人(さいとう ひとり)さんってご存知でしょうか?昔高額納税者名が公になっていた頃、その常連だった人です。要はお金持ちです。

 スピリチュアル的な感じがある方なので好き嫌いはあるでしょうが、一時期彼の本や本についてくるCDをいくつか読んだり聴いたりしていました。

 一応断っておくと私は彼の信奉者という感じではありません。そもそも完全に信奉できる対象などこの世にはいないというのが私の考えです。信奉者的な態度は好きではありません。信奉しなくとも良いところは取り入れればよいという距離感です。

 で、その斎藤一人さんがどんな文脈だったかどのCDだったか忘れましたが、何かの音源で「子どもにはなんでもない日にお小遣いをあげるのがよい」的なことをおっしゃっていました(一言一句正確ではありません)。その前後の文脈も影響したのでしょうが、私はその言葉がとても腹に落ちました。恐らく既に述べた自分の経験もあってのことだと思います。

お金の真理

お金の真理

お年玉は何でもない日に渡す1,000円の延長にすぎない

 自分の小学生の頃の経験と上記の斎藤一人さんの言葉、そして何より小遣いを渡すという行為の何とも言えない楽しさにより、私は、甥や姪には会うたびに1,000円を渡すようになりました(とは言っても会う頻度は四半期に一度あるかないか程度ですが)。

 最近は甥や姪もお金をもらうことの意味が少しわかってきたのか嬉しそうな表情が見受けられます。

 私にとって幼稚園に通う甥や姪に渡すお年玉はこの普段渡しているお小遣いの延長にすぎません。それがお年玉の金額に悩まなかった理由です。

 まぁこれが幼稚園を卒業して小学生になり、中学生になりと成長していったら、なんでもない日に渡すのは1,000円でも、もう少しお年玉は増額してあげた方がいいかもしれません。まぁその辺についてはまたその時に考えます。

最後に一言、いや二言三言(蛇足ともいう)

 ・今「お年玉 幼稚園児 相場」でググって1ページ目の上から5,6記事読んだところ、幼稚園児のお年玉の相場としては、ざっくり1,000円が最頻値で次いで500円、その次が2,000円という印象でした。

 ・ちなみに他の親戚や昔からの友人に子どもができた時にも現金でお祝いするようにしています(出産祝。当たり前かw)。やはりもらう方としては物よりもお金の方が使い勝手がよいと思うのですよね。

   自分がミニマリスト的生活を志向しているせいか、いらない物をあげてしまったらものすごく迷惑だと思うのですよね。その場合、時間(選ぶ・捨てる)も物も金も無駄になりますしね(ただ、相手が真に欲しいものをあげた場合は、欲しかった物(=相手のこと)をわかってくれていたことや時間や手間をかけてくれたことに感動するかもしれませんが)。

  まぁ甥や姪と違って、彼ら彼女らの子どもに会うたびに小遣いをあげるほどの財力と気前の良さは持ち合わせておりませんけどねw

 おわり。

読んでいただき、ありがとうございました。

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合掌

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