M-1グランプリ2016の結果と毎度考えてしまう「トップバッター不利説」

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M-1グランプリ2016の結果

 M-1グランプリ2016が昨日(2016年12月4日)放送されました。今年は録画しつつ観ていました。

 グランプリは銀シャリでした。おめでとうございます。

 冒頭の表はFIRST STAGEの結果です。1位赤、2位橙、3位緑で塗りつぶしています。各審査員の中での順位も同様に塗りつぶしています。

 上位3位が決勝に進むので、2016年は銀シャリ、敗者復活の和牛、スーパーマラドーナの3組で決勝を戦いました。

レベルが高いように感じた。

私は別にお笑いの専門家でもなんでもないので、あくまでも素人の個人的な印象ですが、どのコンビも面白くて優劣つけがたいと感じました。

審査員の方々も今回は過去の大会以上に審査に頭を悩ませていたようです。日本中のお笑いファンが観る番組だと考えるとその苦悩は計り知れません。

しかし、1組の勝者を決めなければなりませんから、どうしても比較のために点数化するわけです。

よく言われる「トップバッターは不利」ということ

 ある一定の芸歴までのお笑い芸人の実力ナンバーワンを決める番組ですから、出場者ができるだけ同じ状況で漫才をして審査してもらうという公平な状況がなければ視聴者の納得感は薄れるでしょう。

 そのためできる限り同じような条件で競うわけです。ですから、同じ制限時間内(4分)で、同じ場所で、同じ観客の前で、同じ審査員に評価してもらうわけです。

 ただ、9組が同時一斉に漫才をするわけにはいきませんので、どうしても演じる時間(長さではなくタイミング)には前後が生じます。

 この演じるタイミングの差により、めちゃめちゃウケた後に演じるのはお客さんの雰囲気もいい感じになっているからやりやすいとか、逆に直前の面白い漫才と比較されるから不利だとか、漫才をする状況に差が生じ、それが漫才師のやりやすさ・やりにくさ、審査への影響などに波及することが考えられます。

 で、その中でも大きな不利要因としてよく言われるのが「トップバッターは不利」ということです。芸人さんたちもトップバッターだけは避けたいということをよく言われます。

 トップバッターの場合、会場のお客さんのいい感じの空気ができていないということもありますが、何と言っても比較対象がない中で点数をつけられるというのが厳しい状況です。トップバッターは比較対象がないので基準的意味合いで点数化されやすく、すごく面白くても高い点数がつきにくいという状況になりがちです。

「トップバッターは不利」は解消できるのか?

 では、どうすればそのような状況(トップバッターが基準的意味合いで点数化されてしまう状況)を解消できるでしょうか。

 以下述べることは、実行したら面白くなくなるというか、野暮な感じになるのでやってほしくないと思いながらも方法として考えられるという意味で書きます。ただ、現実的には難しいでしょう。

 解消の方法として思いついたのは、主催者が「審査基準」(審査員共通)を定めてその基準を基に審査者が絶対評価をするということです(もしかしたら内部的には審査基準のようなものがあるのかもしれませんが、少なくとも視聴者には公にはなっていませんね)。

 雑に書くと、理屈としては、全審査員のつける点数の基準がトップバッターから別に定めた「審査基準」に移るので、トップバッターが点数の基準になることはなくなります。「審査基準」が点数の基準になるわけです。

「これができたら〇点加点」「これがダメなら〇点減点」というように加点法でも減点法でもいいのですが、「審査基準」に照らして絶対評価で点数をつけるのです。トップバッターと比較して・・・とか関係なく、基準に照らしてつけるわけです。

 ただ、この方法には問題があります。まず、そもそも主催者の「審査基準」に審査員が納得するとは思えません。

 笑い=芸というのは杓子定規に基準化できないからこそ、「見方の異なる複数のプロが審査した結果」を重視してそのプロ達に大幅な裁量を与え、その方たちが判断して点数化した結果に従うという形態をとっているのでしょう。

 会社の人事評価でも基準に納得できないことってありますよね。「そもそもこの基準がおかしーんじゃねーのか?」と。

それから、結局基準には抽象的な部分が残るという問題があります。基準が抽象的だと「どのレベルであればできていると言えるのか」という疑念が生じ、結局他と比較しない限り、できているかできていないかなんて判断できない、ということになりがちです。これすなわち、相対評価です。そうすると元のトップバッター基準というところに戻ってきてしまうわけです。

まぁ他にも色々思ったことはあるのですが、いったい自分が何を書きたいのかわけがわからなくなってきたので、最後にこれだけは書いておきたいと思ったことを書きます。

トップバッターが不利かどうかの現実に関係なく、そうなっても最後まで印象に残るような圧倒的な頭1つ抜けた漫才をするしかない。

 そしてトップバッターになったことも含めてすべてを運命として受け入れるしかない。

 これに尽きると思います。

・・・漫才師でもないし、M-1に出てるわけでもないのに、なぜかこのトップバッターが不利ということの気持ち悪さが毎度思い起こされるので自分に言い聞かせるために書きました。

そのほか表を作ったのでそれについて書こうと思ったけどめんどくさくなったので表だけ載せておく

 表の題名とか色々意味不明だけど変えるのめんどうなのでそのまま載せる。

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最後に一言、いや二言三言

 ・敗者復活から上がってきてFIRST STAGEで漫才するのは時間的、精神的、その他きついことが多々あるだろうけど、そこから上がってきた勢いとノリとそれから最後に漫才ができるという順序の有利さが相まって結構有利な気がする。

 ・敗者復活のコンビをトップバッターとするのはあまりにも厳しすぎだろうか。

・決勝の順序はFIRST STAGEで点数が高いコンビから順に選べるのだから、FIRST STAGEの順序も準決勝で評価が高かった順に選べるというようにできないのだろうか。まぁそうすると準決勝の順序は準々決勝の順位で・・・というようにどんどん遡って同じことを適用することにもなるのかもしれないが。

・「運命を受け入れるしかない」と書いておきながらぐだぐたと書いていることに気づいた・・・。

読んでいただき、ありがとうございました。

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合掌

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