『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 飲茶著』を読んだ感想⑦ 迫害を恐れず「無我」を伝えた釈迦はすごい!

この記事は続き物です。以下が最初の記事です。未読の方はよろしければどうぞ。

『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 飲茶著』を読んだ感想①
『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 飲茶著』を読んだ感想その1。どんな本かをごく簡単に説明。

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前回のおさらい

 釈迦は苦行の無意味さ(むしろ有害なこと)に気づいた。

 苦行で身体がどう反応しようと、「私」はその鑑賞者にすぎないということに気づいた。

苦行をやめ、中道を進み、悟りを開いた釈迦

 ものすごい苦行に耐えた人を尊敬するという誤った方向に行きつつあった時代、釈迦も同様に苦行に励んでいた。

 しかし前回の記事で書いた通り、やがてその無意味さに気づき釈迦は苦行をやめる。

 苦行をやめた釈迦は修行仲間から堕落したと勘違いされた。

 苦行ブームだったからね。

 ちょっと脱線してしまうけど、釈迦が悟った後、釈迦の元にはその教えを学びたいとたくさんの人が集まって大集団を形成しますが、生涯釈迦は周囲の偏見にさらされたようです。

 当時のインドからしたら、苦行を行わない釈迦は異端だったでしょうし、カーストに関係なく誰でも受け入れたのも当時としては(今でも?)考えられないことだったのでしょう。

 ともかく、苦行をやめてしまったので周囲から釈迦は怠けていると勘違いされました。

 しかし、釈迦は苦行をやめて中道を進むことでやがて悟りを開きます。

 この悟りの体験を他に教えるかどうか釈迦は悩んだようです。

 悟りについて説明してもなかなか周囲に理解してもらえないだろうと考えたのです。

 しかし釈迦は教えることを決意します。

インド哲学の解釈が誤った方向に行きつつあったのを正道に戻した釈迦

 釈迦のその教えの入口が「四諦」と「八正道」です。

 確か高校の倫理の教科書に載っていたと思います。

 Wikipediaを見れば一通り説明が書いてあるでしょう(見てないけど)。

 しかし、この教えよりももっとも重要なものがあると飲茶先生は言います。

 以下引用します。

(引用開始)

 釈迦の哲学として、もっと重要なものがある。それは、

 「アートマン(私)は存在しない」

 という無我の主張であろう。

(中略)

 そもそも「私がいない」という主張は、当時のインドにおいては、僕たちが思うよりも大変なことで、天地がひっくり返るぐらい衝撃的な言葉であった。

(中略)

 釈迦は「私(アートマン)なんて存在しないよ」と主張することで、ヤージュナヴァルキヤら古代インドの哲人たちのウパニシャッド哲学を虚仮にしてしまったのだ。これは、ウパニシャッド、古代インドの伝統的な哲学を信じ、アートマンの本質を理解しようと必死に苦行に努めてきた人々にどれほどの衝撃を与えたことだろうか。

(引用終了)

(P96~P97より引用)

 そりゃ自分が悟ったことを教えるのを躊躇してしまいますよね。

 当時「私なんて存在しないよ」なんて言ったらどんだけ迫害受けるかわかりません。

 そして実際迫害を受けたわけですけど。

 でも賛同する人もいて大集団を形成したわけですが。

 私は釈迦の言っていることの方が正しいことだと思うので、その主張を「正しいこと」としますが、正しいことを言っても周囲から理解されるとは限らないのですよね。

 私だったら迫害されるのが見え見えだったら正しいと思うことでも絶対黙っていると思いますね。

 まぁせいぜいブログで恐る恐る書く程度でしょう。

 それが私の限界です。

 やはり釈迦はすごい人だ。

 ともかく、釈迦は「無我」を主張した。

 ではヤージュナヴァルキヤのあの秀逸な哲学はどこに穴があったのだろうか。

 以下引用。

(引用開始)

 ヤージュナヴァルキヤは、決して捉えることができない『私の本質』を「アートマン」という言葉で定義していたが、大衆はそのせいで、「私(アートマン)」という言葉を強く意識するようになってしまった。その結果、大衆は、その言葉を「理屈」としてそのまま受け取り、

「私(アートマン)は、『に非ず、に非ず』としか言えないもの、である」

「私(アートマン)は、捉えることも害することもできないもの、である」

 という形で、「私(アートマン)」を概念化してしまったのだ。

(引用終了)

(P98より引用)

 「私」は認識の対象にならないのだから、それを「「私とは〇〇でない」もの」と表現することすらできないもの。

 「概念として表現できないものが私」と言った時点で「私」をそういうものとして認識してしまっているということになってしまう。

 無限遡行。

 ヤージュナヴァルキヤが悪いというよりはそう表現せざるを得ないからそう表現したというだけのことだと思うのだけど、それによって大衆は「捉えられないもの」として「私」を意識しすぎて同化してしまったことが誤りの始まりのようです。

 以下引用。

(引用開始)

 結局、古代インドの人々は、財産と同化することはなくなった。地位や名誉と同化することはなくなった。肉体と同化することはなくなった。しかし、その変わり(原文のママ)に「アートマン(捉えられない私)」という概念と同化するようになってしまったのだ。

 だから、釈迦は、このおかしな状態を戻すため、ウパニシャッド哲学と矛盾することを言わざるを得なくなった。

(中略)

「我(アートマン)」という概念を破壊して、同化の鎖を断ち切る。

そのために釈迦はすべての破壊者にならなくてはいけなかったのだ。

 釈迦が偉大だったのは、古代インドの伝統として根付いていた当時最強のウパニシャッド哲学にたった一人で立ち向かい、その誤解を正してインド哲学の潮流を正道に戻し、そのうえで「アートマン」という概念を否定した次の時代を担う新しい東洋哲学を生み出したところにあるのである。

(引用終了)

(P99~100より引用。色付けは引用者による)

 ちょっと言葉遊びのような気がしなくもないが、釈迦はそんな人ではないとも思うのです。

 ともかく「無我」と言わないと同化の鎖が立ちきれないから、そう言わないと悟りの境地を伝えられないから、その方便としてこのような言い方をせざるを得なかったと私としては解釈しました。

 釈迦は、「相手にいかに伝えるか」を重視していて、伝えるためにはA氏とB氏で全く逆のことを言ったりもしたようです。

 そういった姿勢からも言葉遊びをするような人ではないと思います。

 「無我」と表現して伝えることで悟りの境地に導けると思ったからこそこの言葉を使ったのだと思います。

 国を捨て、一族を捨て、妻も捨て、子も捨てた釈迦。

 でも、こうして現代でも釈迦の教えは伝えられ、学ばれて、影響を与えているわけだから、国や家族は気の毒だったけどデカいことをやるためには仕方なかった、というかよくやったとすら思います(もっとも妻も子も後に出家して釈迦の出家集団に入るわけだが)。

結局ヤージュナヴァルキヤと釈迦についてしかまだ書けていない

 7回記事を書いてきてもまだ2人の人物のことしか書けていません。

 中身が濃く、わかりやすく、気づきを得られる本であり人物だからこそ、たくさん書きたいこと、引用したい部分が出てくるわけです。

 面白い本だ。

 つづく?

読んでいただきありがとうございました。

合掌

↓この本について書きました。

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち (河出文庫 や 33-2)

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